記念プログラム発行

2002年9月1日

記念プログラムを購入された方は、内容についてはご存知だとは思いますが、これから希望される方にも、大変な時間と労力をかけて発行された、記念プログラムの経緯をお伝えしたいと思います。

2000年8月に組織された実行委員会で、記念誌と記念コンサートのプログラムの発行が決まりましたが、初めての事でもあり、内容についての骨子はなかなか決まりませんでした。

学園が発行する記念誌とは別に、同窓生の立場から、学園の50年の歩みをまとめて、同窓会の独自性を出すにはどうしたら良いか、何度も編集委員会を開いて、アイディアを出し合い、試行錯誤と意見の衝突を繰り返しながら、良いものを創るために、皆で努力を重ねました。学園側との話し合いで、資料と情報の相互交換の協力を約束しあい、図書館の藤堂さんとも連絡をとりながら、本格的な編集に入りましたが、委員会と理事会での討議を経て、基本的な編集方針が決まったのは、2001年初頭になってからです。

 

会報第7号で、1974年(第37号)まで発行されていた、学生会新聞「つのぶえ」のバックナンバーの提供等を呼びかけたりしましたが、貴重な写真や資料などが、遠く海外在住の方々からも送られて来ました。

 

高邁な先生方の精神と優れた指導力によって、音楽部門の建学の理念が大きな成果を生んだ歴史と、発展期を経て、大きな問題を抱えている学園の現状を客観的に、かつ正確に記述して頂くには、寺西春雄先生が適任ということで、ご無理をお願いして書いて頂きました。

 

年表作成は玉置さん、松平さん、岡本さんが担当し、丹念かつ根気強く様々な資料を調べ、学園の出来事、演奏会、音楽教室、同窓会の動きを簡潔にまとめてくれました。記載項目については、激しい議論や意見交換がありましたが、次第に内容が収斂されて行きました。座談会「桐朋の音楽教育と21世紀への展望」では、岡本さんと、出産を控えた山田さんが、非常に手間のかかるテープ起こしをしてくれました。

先生方の談話では、松岡貞子先生と戸田敏子先生からは、創世期の貴重なエピソードをお聞きすることができ、他にも多くの先生方が愛情あふれる寄稿文を書いて下さいました。海外からも同窓生がエッセーを送って下さり、我々を喜ばせてくれました。談話には平田さん、松平さん、それに、私も遠くまで取材にでかけました。

 

記念コンサートの曲目解説は、3期生の後藤暢子さんが、無理を承知で快く書いて下さいました。学園の発展に非常にご尽力された、井口愛子先生と寺西昭子先生のお写真が掲載されませんでしたが、これは全く他意はなく、担当の私のミスであり、尊敬する愛子先生と昭子先生には大変申し訳ないことと、心よりお詫び申し上げたいと思います。

9月初旬の発行に間に合わせるため、8月はまさに猛暑と時間との闘いでした。レイアウトのデザイナー事務所の関係者も最初から根気強く対応して下さり、多数の写真の人物特定には千本さんが、鋭い記憶力で協力してくれました。最後は二宮副会長も加わり、編集委員全員の必死の努力で、良いものが出来たと思います。記念コンサートの会場では、岡本さんと、山田さんが、ボランティアの同窓生たちの協力を得て、一生懸命に販売に努めてくれました。

このようにして発行された、記念プログラムを一人でも多くの同窓生に購入して頂くことを願っています。

担当副委員長 白石 隆生(10期生)

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